日本海軍 戦艦 金剛
キット : フジミ 金剛
巡洋戦艦金剛は大正13年8月、英国にて竣工し、11月に日本に回航されました。
設計はヴィッカース社主任技師サーストン卿の手によるものでトルコへの輸出用戦艦<レシャド5世>を基にしていると言われています。
35.6センチ砲8門、速力27.5ノットの性能とバランスの取れた優美な姿で完成した金剛は、日本で建造された比叡、榛名、霧島とともに出現当時世界最強の巡洋戦艦戦隊と謳われ、第一次大戦では英国から借用を申し込まれるほどでした。
太平洋戦争開戦時、金剛はすでに艦齢28年を経ていましたが2回の大改装により防御力、速力は強化され未だ一級の能力を持っておりました。
金剛は僚艦榛名とともに開戦時は南方にてプリンスオブウェールズ、レパルスを擁する英東洋艦隊に備えておりましたが活躍の機会はなく、インド洋やミッドウェーでも大きな活躍はありませんでした。
米軍がガダルカナルに上陸し、ソロモンをめぐる戦いが始まると金剛、榛名の2隻は第2次挺身隊としてガダルカナル、ヘンダーソン飛行場攻撃のため出撃します。
第2次挺身隊の前に出撃した重巡古鷹、青葉、衣笠を主力とした第1次挺身隊はサボ島沖にて手痛い敗北を喫し、また航空偵察では新たな米艦隊が発見されるなど幸先の悪いスタートでしたが、金剛、榛名はさしたる妨害もなくガダルカナルへ進出。
ヘンダーソン飛行場に対し2艦合計で966発の砲弾を叩き込み、飛行場を一時使用不能にし、作戦を成功させました。
金剛と榛名。ともに対空火器、電探を増強した1944設定。
第三次ソロモン海戦で比叡と霧島が失われたあと、金剛と榛名はそろってマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦へ参加しました。
レイテ沖海戦ではサマール島沖にて米護衛空母部隊を捕捉。
「全軍突撃せよ」の号令の元、金剛はマリアナ沖での損傷で速力の落ちていた榛名を残し、単艦で突撃します。
護衛の駆逐艦や敵機の攻撃を跳ね除け、スコールや煙幕に妨害されつつも空母に肉迫、ついに護衛空母ガンビアベイに至近弾を与え船足を鈍らせることに成功します。
艦隊より脱落したガンビアベイは金剛と他の日本艦の砲撃を受け、大火災大爆発を起こしついに沈没しました。
レイテ沖海戦は目的地レイテ湾を目前に栗田艦隊は反転、金剛の活躍はここで終わります。
金剛は日本への帰途、台湾北方において潜水艦シーライオンの雷撃を受け、魚雷2本が命中し浸水、傾斜し、ついに転覆。大爆発を起こし沈没し31年の生涯を閉じました。
金剛型勢ぞろい。フジミの新キットで金剛、榛名が1944、比叡、霧島が1942の状態。
今回の金剛で手を入れたのは以下のとおり。
21号電探、射出機をエッチングに、錨鎖を極細チェーンに、主錨・菊花紋章はWL共通パーツです。
22号、13号電探はファインモールドにしてみました。
ファインの電探は精密ですね。
機銃と高角砲もナノドレッドにすればよかったと少し後悔。